「大人向けのアニメ」の可能性 ーーー 長編アニメ『駒田蒸留所へようこそ』

 今月初めに開催された第10回新千歳空港国際アニメーション映画祭について、前編後編の2回に分けて書いた。
 その新千歳の長編コンペティションで上映された5本のうち、唯一の日本の長編アニメとして『駒田蒸留所へようこそ』が入った。受賞には至らなかったが、昨日から一般公開の本作を1週間ほど早く見れたのは幸運だった。
 経営難に陥った実家の稼業の蒸留所を立て直そうと奮闘する若い女性が主人公、近年とみに人気の高いジャパニーズウィスキーの蒸留所が舞台とあって、どこまで「大人向け」の作品に仕上がっているかが、私の注目点だった。何より私は、ウィスキー好きでもある。
 
 ここで私の言う「大人向けアニメ」とは何かというと、50代以上の世代向け、子ども時代に『ガンダム』などに触れてはいるものの現在はアニメは見ない、そういう世代と観客に特化した作品である。
 漫画では、こうした作品はたくさんある。中高年の恋愛・不倫もの、妖艶な性描写、ギャンブル、もちろんバーやカクテルなど酒が「主人公」の作品である。しかし、アニメではこうした作品が非常に少ない。少なくとも、ジャンルを形成していない。
 こういう私の考えを知人の研究者や批評家に話すと、アニメでの「大人向け」は『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』なんかが事実上役割を果たしている、という答えが返ってくる。
 たしかにそうだろう。しかし、現在日本のほとんどの世代は、どこかでアニメに触れている以上、観客の空白地帯があるのはもったいないと私は考えてきた。そういう意味のことを、いろいろな機会でこれまで何度も書いてきた。
 
 予告編で見た限り、『駒田蒸留所』はあくまでアニメファンを中心とした若者向けの作品であり、私の言う大人向けではないだろうとは思った。
 そして新千歳で鑑賞し、その予感どおりだったのだが、一方で、主人公や周辺の登場人物たちの描き方には、いくつも可能性を感じた。
 まず、ウィスキーとはそもそもどういう酒なのか、どんな種類があるのか、どうやって製造するのかがわかりやすく描かれ、ウィスキー初心者にもすんなりと理解できる構成だった。
 漫画『夏子の酒』を思わせる、幻となった酒(ウィスキー)を復活させようというストーリーにも入りやすく、主人公たちがそれぞれ未熟な若者だという点は、アニメファンを中心とした若い観客には安心できる設定だった。
 一方で、その主人公たちの人物像には描写不足が目立つ。「なぜこの主人公はこんな言動をするのか」かに、いま一つ共感できない。
 それに、ストーリーを大きく動かすためのエピソード、たとえば蒸留所の火事などは、そこから先の展開にそれほど深く絡んでこないので、物語構成上、本当に必要だったのかに疑問が残る。
 こうした課題が生じる要因の一つは、91分という、最近の長編映画としては短い尺数にあるように思う。
 蒸留所の社長に就いた若い女性(主人公)、その母親、別の酒造メーカーに勤める兄(この兄のキャラクターは出色だった)、蒸留所の古参職員、そしてその蒸留所を取材する若いライターとその上司、こうしたメインキャラクターの設定と配置はオーソドックスなものだが、彼ら彼女らの行動の背景が描ききれておらず、人物像が平板になってしまった。尺をもう少し使って、特に主人公とその兄の関係を中心として、クライマックスへ向けて深く描いていれば、もっと「大人向け」の重厚な作品に仕上がっていたのではないだろうか。
 逆に言えば、以上のような点をふまえていけば、アニメの新しいジャンルを切り開くきっかけになっていくのではないか、そこに可能性を感じたのである。

 最後に、本作がコンペティションに入った新千歳映画祭の長編部門での本作の位置づけについて述べておく。
 新千歳の長編部門にはもちろん世界中から応募できる。映画祭資料によれば、今大会では24の国と地域から44本の応募があった。このうち、日本作品の応募は3本だった。
 歴史的に多くの長編アニメを制作してきたアメリカから6本、フランスから3本、映画大国のインドから4本、近年多くの長編アニメを制作する中国から2本となってはいるが、世界に冠たる長編アニメ大国の日本から、しかも国内開催の映画祭にたったの3本とは、いかにも寂しい。
 これには、日本の制作陣はそもそも映画祭出品を重要視していない、一般公開前の出品・上映には消極的など、いくつかの理由はある。同じ課題は、今年3月に第1回が開催された新潟国際アニメーション映画祭でも、日本からの応募をどう増やすかという点で露呈したようだ。
 この現状を課題と捉えて、日本からの応募数を増やそうとすると、おそらく映画祭運営者の努力だけでは無理があるだろう。アニメ業界全体に影響を及ぼすような力学を司る術というか人物が必要である。
 非常に困難だと思うが、新潟のように長編アニメ専門の映画祭が始まった以上、短編部門で日本作品だけを集めた「日本コンペティション」を設置する新千歳では、長編部門での「日本コンペティション」実現を目指すくらいで検討を重ねていただきたい。