手塚治虫と虫プロダクション

 
 手塚治虫虫プロダクションの仕事は、日本のアニメが世界アニメ史の一般的な流れから離れて独自の発展を遂げていくために大きな業績を残したが、その価値は、いまだに正当に評価されているとは言えない。
 このため、手塚治虫のアニメの仕事に関して、1冊で事足りるという文献は、成立していない。
 私も自著『アニメ作家としての手塚治虫』で、その業績を再評価しようとしたが、今後、ますます研究が進捗することを期待したい。
 
 ここでは、研究の発端として重要な3冊を紹介しておきたい。
  
 ●「手塚治虫劇場」
  編 者: 手塚プロダクション
  出版社: エスクァイアマガジンジャパン
  刊行年: 1991年
 
 
 
 手塚治虫が手掛けた、テレビアニメ、劇場用長編アニメ、そして自主制作アニメまで、ほぼすべての作品について、基本的なデータや図版が盛り込まれた、最も網羅的なムック。
 とりわけ、各作品に関して、手塚のコメント(過去に雑誌等で発表された著作からの引用)が盛り込まれていることがありがたい。
 
 
 ●「虫プロ興亡記」
  著 者: 山本暎一
  出版社: 新潮社
  刊行年: 1989年
 
 
 
 手塚が設立した虫プロダクション(旧)に、設立時から倒産までほぼすべての期間在籍した山本暎一による自伝的著作。
 虫プロ設立時の秘話、『鉄腕アトム』放映開始前の混乱、初の長編『千夜一夜物語』制作時の壮絶な作業状況など、どれを読んでも面白いが、残念なのは、著者の山本を「安仁明太(アニ・メイタ)」という名義として、小説形式として書かれてあることで、どこからどこまでが事実なのか、判断に迷うことである。
 「あとがき」によると、自身に関することはほとんど創作、自身以外の虫プロの諸事項はほとんど事実、としているのだが、この「ほとんど事実」というのが悩ましいのだ。
 このため、私は山本暎一氏に取材した際、あいまいに処理されている点を中心にヒアリングすることになった。
 それでも、虫プロの仕事と混乱の状況について、最も多くの事実を伝えている資料であることは間違いなく、虫プロと、アニメ作家としての手塚治虫研究には必須の文献である。
 
 
 ●「虫プロダクション資料集」
  編 者: 虫プロダクション資料集編集室
  出版社: 虫プロダクション
  刊行年: 1977年
 
 
 
 再生した虫プロが刊行した、旧虫プロの作品資料集で、結果的に、『鉄腕アトム』から『ワンサくん』までのテレビアニメ、劇場用アニメはほぼすべて盛り込まれ、一部の自主制作作品についても扱われている。
 内容は、各作品のプロフィールと、テレビアニメについては全話のサブタイトルとメインスタッフ(脚本と演出のみ)、そして図版(ほぼすべてモノクロ)である。したがって、あまり細部に至るデータは盛り込まれていない。
 
 3つとも、古書として入手する必要があるが、どれも入手困難というほどではない。「虫プロダクション資料集」も刊行は古いが、古書店で見かけることは多い。
 
  実は、資料として最も充実しているのは、近年相次いで発売されたテレビシリーズのDVDボックスに付いている「データファイル」という小冊子なのだが、これは小冊子のみ購入することはできないので、ここでは外すことにした。 
 しかし、本格的に虫プロ研究を行うためには、この資料が不可欠なので、どうにかして入手する必要がある。
 
 なお、これはどのような研究でもそうなのだが、各文献に収録されてある内容(例えば過去に雑誌で発表されたインタビューなどが引用されている場合)は、必ずオリジナルを手に入れることが重要。
 引用はあくまで引用なので、前後の重要な内容が割愛されていることもあるからだ。
 図書館をめぐってオリジナルの雑誌をひもとき、地道に研究を進める必要がある。