『タンポポとリボン』 : 珠玉の短編アニメーション

 長年、それも年間何百本も短編アニメーションを見ていると、1作1作への集中力や思い入れが薄まってくるし、惰性を感じることもあるけれど、これには参った。
 若井麻奈美さんの最新作『タンポポとリボン』がそれである。
 今年6月に発表され、私が知る限りネットではまだ全編公開されていないのだが、先ごろ開催された第14回吉祥寺アニメーション映画祭に出品された。
 今回の吉祥寺フェスでは、全部で71本の短編アニメーションの応募があり、審査員である私は選考段階で全部見て、『タンポポとリボン』を本選12本の1本として送り出すことができたが、残念ながら受賞は逃してしまった。
 
 第14回吉祥寺アニメーション映画祭(受賞結果)
 : http://www.kichifes.jp/animation/index.html
 
 私の力不足を痛感したが、他の審査員の意見は、「この作者なら、過去作からしてもっとやれるはず」「生命に関する表現・理解にズレを感じた」「ストーリーは非常に良いが、逆に言うとそれにとどまっている」など。
 私はというと、出品作の中でダントツだった。ハートを鷲掴みにされたというか、初恋にも似た感情を思い出したと言うべきか、ラスト近くでは泣きそうになったし、いずれにせよ、短編アニメーションを見て、こんな心境になったのは本当に久しぶりだった。
 出品時に寄せられた作品紹介文は、次のとおり。
「リボンが自分の体をほどき、タンポポが結び直す。それはふたりだけのお決まりのジョークだった。当たり前の毎日は、ある日突然なくなってしまう。たとえ誰も悪くなかったとしても。」
 技法は、立体造形をコマ撮りするストップモーションだが、キャラクターといえるタンポポとリボン以外は、若干の小道具が出てくるだけで、舞台や背景に相当するものが何もない。スコーンと抜けたような画面である。BGMもラストでささやくように使われているだけ。キャラクター、ストーリーとその方向性にも特段の驚きはない。
 確かにこれは、見る人によってはインパクトの弱い仕上がりになっているかもしれないが、私にとっては、逆にそれらの「作戦」が、深く感動する要因になったようだ。
 
 映画祭の授賞式終了後の総評で、私はせめてもと本作について言及したが、それと併せて「引き算という技法」についてコメントした。
 アニメーションに限らず、映画・映像でも、文章書きでも、音楽でも、およそ表現する者にとって、自作について「足し算」することには、あまり抵抗を感じない。このシーンを追加すれば観客がわかりやすくなるのではないか、このカットにレイヤーをもう何枚か重ねれば画面が華やかになるのではないか、などなど。
 しかし、シーンを切ったりキャラクターを減らしたり、「引き算」するのは、なかなかできない。やっぱり自作には思い入れがあるしプライドもある、何より引き算することで、わかりにくくなるのではないかという怖さがある。
 私はむしろ、どう引き算するかというところに、その作者の作家性が反映されるのではないかと思うようになった。引き算を恐れず、それを的確に行うことによって、描きたいものがより鮮やかに、かつ印象深く観客に伝わる。引き算が非常に難しいことは確かだが、だからこそ経験と忍耐、そして練達が必要になる。
 『タンポポとリボン』の作者が、どう意図し、制作したのかはわからない。しかし本作は、結果として徹底的に「引き算」が成されたのは間違いなく、7分という、ストーリーものの短編アニメーションとしては理想的な呎数と相まって、珠玉の佳品に仕上がった。引き算によって洗練されたからこそ、見る者それぞれが記憶を呼び覚まされ、共鳴することで、自分だけの作品として「完成」させ、得がたい体験として記憶されるのである。
 
 今回の吉祥寺フェスの出品作、それも受賞作の中でも、もっと引き算すればさらに完成度があがった作品がいくつもあった。
 だからこそ、特に若手の短編アニメーション作家に私は言いたい。
 引き算という技法を認識し、引き算することを恐れず、引き算によって作品を洗練させてほしい。